BlackLives matter:本当の課題

このBlack Lives Matterとは一体何なのだろうか?又は必要な活動なのだろうか?結論から云うと、これは単なる極左とDupesのプロパガンダ活動で、この活動をどれだけした所で、問題の解決にはならない。では一体何が課題の本質で、何を行うべきだろうか?
そもそも、今回のジョージフロイド事件がだ、仕方がない面もある。彼は学生時代にアメフトをやっていて、巨漢である。チョット言いすぎではあるが、警察官にとって相手が東洋人であれば押さえる事は赤子をひねる位に簡単だが、あの巨体を押さえるには苦労するハズだ。となると、どうしても手荒にならざるを得ない面もある。しかも、彼は前科もある犯罪者だ。その点を割り引いて評価する必要があるのではないだろうか?

 

本題に移るが、人種差別は黒人に対してのみあるのだろうか?それは違う。人種差別は、殆ど全ての人の心の中にあり、黒人であっても差別する側になる場合もある。沖縄などでの黒人の米国兵の振舞いを見ると、日本人に対する差別感情があると考えても不思議ではない。日本人やその他のアジア人も、差別される側になる場合もあるが、差別する側になる場合もある。自分も米国に住んでいた頃は、差別をされた経験は数えきれないくらいあった。この感情をなくす努力は多くの先進国では長年取り組んでいて、その成果はでているのではないだろうか?しかし、人間の心の奥底にある差別的な感情を完全に無くす事はできないだろう。

 

では差別をする、またはされる理由は何処から来るのかを考えてみたい。人は生まれながらにして、差別の感情は持っていない。だけども大人になるにつれて、差別をする感情が醸成される。その源泉は何処からくるのだろうか?それは社会における地位が主な理由ではないだろうか?ここで云う社会的な地位は、主に収入面での地位を意味している。確かに、黒人の相対的な社会的な地位は低い。しかしそれは人種差別からきているのではないと断言したい。何故なら、19世紀にヨーロッパから渡ってきたイタリア人や、日本人を含めた東洋人の移民の多くは、社会の底辺から個々の努力によって今の地位を築いてきている。黒人にもそれができる機会は十分になったハズである。しかし残念ながら、黒人の多くは社会の底辺から抜け出せていない。一番後から来たベトナム人にも軽く社会的地位は抜かされているのが現状だ。

 

ではなぜこの様な結果になっているのだろうか?根本の課題は、黒人の家庭内の教育に問題があるのではないだろうか?自分の子供に高等教育を受けさせようとする気持ち、努力が決定的に違うのではないだろうか?日本人や中国&韓国人などの東洋人の家庭では、子供に対する教育の重要性を十分に理解し、親がどんなに貧乏でも節約して子供達に良い教育が得られる様に努力している。一方黒人の家庭ではその努力が総体的に低い感じがする。白人や東洋人の多くの家庭でみられる子供達への教育に掛ける費用と努力が、黒人の家庭では低い。となると、自ずと貧乏な家庭に生まれた黒人は、高等教育を受けられずに、社会人になっても貧乏なままである。高等教育を受けられないのではなく、受けようとしない人が多い事に問題がある。結果、社会的な地位も低いままなので、差別または区別が醸成されてしまう。問題の根本は、黒人の家庭内の教育であり、社会的な差別ではないと云える。

 

自分が聞いた具体的な例を挙げたい。自分が知っている米国に住んでいた日系二世の叔母さんから聞いた話だ。その家庭に黒人のハウスキーパー(お手伝いさん)がいたのだが、日経二世の叔母さんは黒人の女性に、こうアドバイスしていたらしい。「私が渡すお給料は使わずに貯金しなさい」と。何年か後にその黒人女性は、「初めてお金の貯め方を教えてもらった。有難う」...と言ったそうだ。要するに、お金を貯める事を知らないのである。家庭の教育は一種のDNAであり、継承されている。黒人の家庭ではお金を貯める事を教えないし、知らない。そして努力して子供に高等教育を得られる様な努力を知らない。そもそも、米国は白人も貯金をしない国民なので、黒人が貯金をする事の重要性を社会から学ぶ事もできない。それが根本的が原因であり、黒人の家庭内での教育を変える事が、黒人の社会的地位を上げる唯一の解決策である。社会的地位が上がれば、自ずと人種差別または区別も減る。但し、なくなる事は無いが、今起こってる様な悲惨な事故は減る事は間違いない。